ミラクルみちる?@人民の意思

記事一覧(68)

規律と秩序そして自由

はじめましての人ははじめまして、はじめましてじゃない人もはじめまして、みちるです。規律と秩序。今どれ程の人民がこの2つのことについて考えているだろうか。まず規律と秩序を理解するには、規律と秩序が自由や自律を否定するものではない、ということを知る必要があります。近年、日本におけるモラルの低下、秩序の乱れが嘆かれていますが、自由というのは、無規律、無秩序であるというものでは全くなく、むしろ規律と秩序の上に成り立つ権利であるということを理解しなくてはならないのであります。無論、自律も同様で、規律を否定するものではなく、あくまでも規律の上に立脚するものなのです。人間はポリス的動物であり、社会生活をすることからは、逃れられないため、社会が整った状態であることは必要です。そう、人間は1人では生きられないのであります。その秩序を作り上げるためには、規律が必要となります。規律という言葉に嫌悪感を覚える人間は現代の世の中では少なくないかもしれないが、それは人が人として生きていくために必要なのであります。自由や自立が、規律や秩序を否定しているものではないということに気づいた時、つまり規律と秩序の正しい形と、真なる自由と自律の意味に気づけたとき、わが国はようやく次なる一歩を正しく踏み出すことが出来るのであります。

福祉人民党 三大方向性の説明

はじめましての人ははじめまして、はじめましてじゃない人もはじめまして、みちるです。当記事では『福祉人民党 三大方向性』について説明をして行きます。福祉人民党 三大方向性とは1、より良い教育、子供に優しい社会、強い家族2、世界第三の経済力を人民のために活かす真の豊かさ3、日本的自由主義が開花したおおらかな日本この3つです。1、より良い教育、子供に優しい社会、強い家族未来の担い手、子供たちが、自尊心の持てる教育の確立。未来の担い手、子供たちに優しい社会の実現。未来の担い手、子供たちが、強い家族で育まれるように、家族への包括的な支援。2、世界第三の経済力を人民のために活かす真の豊かさ世界第三の経済力から得た冨を、富裕層ばかりに流すのではなく、広く人民に配分し、豊かな国民生活を実現して行く。3、日本的自由主義が開花したおおらかな日本「まなぶ=まねる」から分かるように、日本は昔からまねて上達して行く文化であり、それを踏まえて著作権にあまり厳しくない日本を目指す。またアダルト出版物等にもおおらかな国民風土の実現。風俗産業においては、昭和期の性に寛容な雰囲気を取り戻していくことと、古くは花魁のような良い面をよりいっそう開花させ、負の側面はなくしていく、そんな時代をつくっていく自由を尊重した社会の実現。

家族福祉をやわめに解説

現代家族は、自立した個人が目指されるなかで、家族間の依存や甘えの肯定的な側面を過小評価してきたことも事実であります。家族の情緒的関係においては、依存や甘えという行為は、親密な他者の愛情を確認するひとつの方法でもあるのです。仕事もそこそこにこなし、好きなこともそこそこに実現するといった、超人的な生き方は、誰もができることではありません。多くはどちらかに偏っているのではないかとお思われれます。超人的な生き方を可能にするのは、それぞれの仕事を背後で支えてくれる家族が存在することが前提であると言えましょう。現代家族は、裕福な生活を維持することに多くのエネルギーを費やさなければなりません。それはいっぽうで、自らの自己実現に寄与しますが、他方でそれは多くの精神的によゆうのない生活および、緊張と隣り合わせの生活でもあることを自覚するべきでしょう。そのことが、子供たちに負の影響を与えていることにもっと敏感でならなければいけないと思うのであります。この認識は、介護の対象となる高齢者や、各種障害者にも適用することができましょう。従来共同体的関係によって維持されていた家族内にまで商品化が入り込み、家事労働、介護、養育が次々に外部化、商品化され、家族と家族との親密な関係が希薄化してきました。最後は過剰効率化であります。それは資本主義社会が内包している効率追求が現代資本主義の成長志向の元で、過度に進められた結果であります。ここでも、本来人が家族関係を構築するのに不可欠なムダやゆとりが、次々にはぶかれ、生活環境のみならず、労働にも効率化が浸透してきたのであります。結果として、労働者のストレス疾患、過労死、家族の崩壊が生じるようになってきたのであります。1970年代以降には、いじめ、暴力、不登校などの子供たちのはんらん、児童虐待の増加、中高年の離婚数などが増加し、家族システムの機能不全が著しく進行したのであります。なぜ不登校や虐待といった家族問題が多発するのでありましょうか。この問題を解くカギは、おそらく富裕化によって家族機能の外部委託が促進され、それにともなう家族機能の弱体化という側面と、富裕化が個人化を促進させるという2つの側面にあると思われます。家族機能の弱体化と個人化によって、家族システムの機能不全が起きやすい条件が整ってしまったのであります。たとえば、援助交際は個人の自由の肥大化の中で性規範が希薄化しているという解釈が可能ではないでしょうか。加えて、当事者同士の合意の上の行為であり、他者に対して迷惑をかけているわけではないという、いわゆる「被害者のない犯罪」という認識そのものが、個人化の中で増幅されてきていることにも注目しておきたいと思うのであります。今日の家族は富裕化のなかで、家族機能を外部化させることによってその機能を弱くさせ、他方で個人化の肥大化が促進され、さまざまな家族問題は引き起こされてきたのでございます。どうすればいいと思いますかみなさん!ファミリー・ケースワーク、家族療法、社会的カウンセリングなどを利用して家族力の強化を図ることなどが考えられるのではないでしょうか。家族に替わる制度を構想できるのであればそれも一つの選択だと思いますが、そうでなければ弱まった家族を支援することによって家族の基本的機能が遂行できる環境を整えるべきではないでしょうか。