※このブログでの発言は、多分に個人的な見解が含まれています。

家族福祉をやわめに解説

現代家族は、自立した個人が目指されるなかで、家族間の依存や甘えの肯定的な側面を過小評価してきたことも事実であります。家族の情緒的関係においては、依存や甘えという行為は、親密な他者の愛情を確認するひとつの方法でもあるのです。

仕事もそこそこにこなし、好きなこともそこそこに実現するといった、超人的な生き方は、誰もができることではありません。多くはどちらかに偏っているのではないかとお思われれます。超人的な生き方を可能にするのは、それぞれの仕事を背後で支えてくれる家族が存在することが前提であると言えましょう。

現代家族は、裕福な生活を維持することに多くのエネルギーを費やさなければなりません。それはいっぽうで、自らの自己実現に寄与しますが、他方でそれは多くの精神的によゆうのない生活および、緊張と隣り合わせの生活でもあることを自覚するべきでしょう。そのことが、子供たちに負の影響を与えていることにもっと敏感でならなければいけないと思うのであります。この認識は、介護の対象となる高齢者や、各種障害者にも適用することができましょう。

従来共同体的関係によって維持されていた家族内にまで商品化が入り込み、家事労働、介護、養育が次々に外部化、商品化され、家族と家族との親密な関係が希薄化してきました。最後は過剰効率化であります。それは資本主義社会が内包している効率追求が現代資本主義の成長志向の元で、過度に進められた結果であります。ここでも、本来人が家族関係を構築するのに不可欠なムダやゆとりが、次々にはぶかれ、生活環境のみならず、労働にも効率化が浸透してきたのであります。結果として、労働者のストレス疾患、過労死、家族の崩壊が生じるようになってきたのであります。

1970年代以降には、いじめ、暴力、不登校などの子供たちのはんらん、児童虐待の増加、中高年の離婚数などが増加し、家族システムの機能不全が著しく進行したのであります。なぜ不登校や虐待といった家族問題が多発するのでありましょうか。この問題を解くカギは、おそらく富裕化によって家族機能の外部委託が促進され、それにともなう家族機能の弱体化という側面と、富裕化が個人化を促進させるという2つの側面にあると思われます。家族機能の弱体化と個人化によって、家族システムの機能不全が起きやすい条件が整ってしまったのであります。たとえば、援助交際は個人の自由の肥大化の中で性規範が希薄化しているという解釈が可能ではないでしょうか。加えて、当事者同士の合意の上の行為であり、他者に対して迷惑をかけているわけではないという、いわゆる「被害者のない犯罪」という認識そのものが、個人化の中で増幅されてきていることにも注目しておきたいと思うのであります。

今日の家族は富裕化のなかで、家族機能を外部化させることによってその機能を弱くさせ、他方で個人化の肥大化が促進され、さまざまな家族問題は引き起こされてきたのでございます。どうすればいいと思いますかみなさん!ファミリー・ケースワーク、家族療法、社会的カウンセリングなどを利用して家族力の強化を図ることなどが考えられるのではないでしょうか。

家族に替わる制度を構想できるのであればそれも一つの選択だと思いますが、そうでなければ弱まった家族を支援することによって家族の基本的機能が遂行できる環境を整えるべきではないでしょうか。

改良政党 福祉の党

改良政党 福祉の党です。日本に福祉第一主義政党の誕生を目指し、最終的には政権党を目指します。既成政党は基本的には支持していません。